イバラキ農村風呂

ゆっくりしてけ~

「練習」を必要とする部分

チビ太、発達検査を受けました。

入学以来、個性が爆発しまくってるチビ太。

入学前から私はある一定の確信があり、おそらく先生から

「発達検査をおすすめします」と言われるのでは、と思っていました。

先生からは言い出しづらいでしょうから、親のほうからすでに

「もし怪しいと思われるときは、遠慮なく検査をすすめてください」

と話してありました。

これは、ちゅーたんのときも同じく。

でも、ちゅーたんのときは6月まで学校がなかったんだよな。

だから比較のしようがありません。

 

ところで、何が決定的に周囲と違うかというと、

これ、ということはないのです。

でも、個が強い。自分がこうしたい、というのがはっきりしてる。

意見がはっきりしてるとでもいいましょうか。

一斉になにかをするときにはみ出す。

みんながやってることは同じようにはできない。

濃いキャラ認定、太鼓判ですね〜。

 

うちの子たち4人の中で、没個性的な子がいるか?と質問されたら、

「一人もいません」

と母ちゃんは答えるでしょう。

そして、「両親含め家族全員、超個性的です・・・」とも答えるでしょう。

これは紛れもない事実です。

 

 

先日、『ヘルシンキ 生活の練習』という本を読みました。

この本、とても良かったです。

日本から、ヘルシンキに子連れで移住した社会学者の著者が、

北欧へのなんの憧れもイメージもないまま、その地で子育てしていく様子を実際につづったもの。

ヘルシンキというのは、フィンランドの首都名です。

この国では、小学校低学年は知識偏重ではなく、

人間関係について、コミュニケーションを身につけることが最重要だとしているとのことでした。

かの国で大事なのは、「困っているときは、困っていると言うこと」

だそうです。

困っていることを自分で主張しなければ、相手は助けることができない。

さらに、何らかの問題(トラブルなど)が起きたときは個人の人格や能力を責めることをせず、

その問題がどうして起きたのか、それを解決するには今後どんなやり方が必要なのかを合理的に考えるそうです。

その過程で、個人に不足している能力があれば、

それを「困った面」とらえるのではなく、

「練習を必要とする部分」、と判断して対応するそうです。

教員はその「練習」を手伝うのが仕事、と考える。

べつに私も、フィンランドをこよなく愛しているわけでも、

北欧かぶれなわけでもないんですけど(若い頃に白夜が見たくて一人で旅行しに行ったことはある。実際行ってみてとっても好きだなと思いました)、

こういう考え方には共感します。

日本にも、こういうスーパーバイズ的な視点があったらいいのに。

 

ちょっと話がずれましたが、

チビ太に関して言えば、この「練習を必要とする部分」がどこなのかを、

発達検査を通して知る機会なのだと母ちゃんは感じました。

うちの子たち、いやなことにはてこでも動かないけど、

好きなことにはものすごい能力を発揮するんだよ。

でも、人間ってそんなものだよね。

むしろ、好きなことを見つけることのほうが難しい。

「好き」という感覚を体感として知ってるってことがすでにすごいと思うのよ。

・・・とか言ってるから、集団生活でははみ出すんだけど(笑)

余談ですが、友達とのトラブルはないとのことで安心しました。

うちの子たち、厄介者ではあるものの友達に何かをしでかすということはないから

これだけはほんと助かる。

初対面の人に謝りまくるのは勘弁願いたいので。

 

検査結果は夏休みに二者面談にて知らせてくれるとのこと。

しかしまあ、子ども4人のうち3人が相談学級にお世話になるというのはなかなかのものよね・・・

親の血なのか、育て方なのか(笑)

そして支援体制がしっかりとしていてくれることに心から感謝してます!!

先生方、いつもありがとうございます!!!