今、5年社会科では食料生産についての授業をやっていて、
日本の米作りについて学んでいます。
授業ではえらそうに「沖縄は年に2回もお米がとれる!」なんて教えているけど、
実は私もこの事実を、教科書を開くまで知らなかった。学校で習ったかなあ・・・記憶にない。
そもそも、小学校の社会科の記憶と言えば日本史の勉強で、「人物調べカード」なるもので盛り上がった記憶しかなく、
9級から始まって段までどんどん先生が昇級させてくれ、それを社会科好きの友達と競った思い出しかありません。
人物の似顔絵なんかも書くところがあって、がんばって書いたなあ。
教科書に乗ってない歴史上の人物を書いて調べると飛び級させてくれたりして楽しかったです。
さて、話は米づくりに戻りますが、私たちが学生の頃は北海道では米の栽培に苦戦していたようですが、
今や温暖化も加わって品種改良もすすみ、北海道は新潟に次ぐ産地となっています。
教科書では庄内平野が米づくりに適しているということを学習する箇所があるのですが、
授業する前に色々知っておかないとだめなんじゃないかと思い調べ始めたら出てくる出てくる、史実のいろいろ。
酒田は北前船(きたまえぶね)の寄港地として栄え米が高値で取引されたこと、
そのために米を貯蔵しておく山居(さんきょ)倉庫という大きな倉庫群がつくられ、2022年まで現役で倉庫として使用されていたことなどがわかりました。
長さ33キロにも及ぶ庄内砂丘では、日本海側からの季節風で、その砂の吹き込みがすごすぎて、江戸時代に「こりゃいかん」と言った本間さんという人がクロマツの植林をしたんだそうな。
砂嵐は当時ほんとうにひどくて、家の中で蛇の目傘をさして食卓のごはんを砂から守る写真がネット上で出てきました。
授業でこれを取り上げないわけにはいかん、という私の中の歴史好きに火がついて(勝手な正義感)、
庄内砂丘がどんな様子なのか、教科書では写真が出てないので子どもたちにクロームブックで実際に調べて見てもらい、
「砂丘の隣に森が広がってるのなーんでだ?」とクイズにして考えてもらいました。
その時代の困難な状況とか、解決しなきゃいけない問題を打破した人はすごい。尊敬に値する。当然、試行錯誤の中で苦労もあったに違いないが、それでもへこたれなかったところがすごい。
そして私がこの授業準備の中で最も感銘を受けたのは「阿部亀治」さん。
この人、コシヒカリのルーツとなる冷害に強い丈夫な米『亀の尾』の生みの親です。
だめになったイネの中に数本、無事だった株を見つけてそのイネを選抜して増やしていき・・・とその繰り返しで、品種改良に成功した人。
すごいよ。理科という学問がない時代のパイオニア!研究熱心。
コシヒカリの他にも、あきたこまち、つや姫、ササニシキ・・・とにかくいろんな銘柄のお米の先祖になったこの『亀の尾』。(今は酒米だそうです。)
自分で苦労して品種改良した種籾ををタダであげるとか、ほんとに尊敬します。
某国の大統領だったら取引の材料にするだろうに・・・
ライセンス料とったら亀治さんは大金持ちになったに違いない。でも、大金持ちにならなかったけれど人から尊敬されて、何年経ってもこうやって歴史に残ってるってすげー。
ということで、この人についても当然授業で外せない。
地理メインのはずの5年社会で、どうしても歴史に片足突っ込むBBA先生。こないだの沖縄と北海道でも琉球処分と蝦夷地の同化政策についてちょっと話したし。
子どもは社会科雑学けっこう好きですね。教科書的ネタじゃないほうが食いついてくる。
どの地域にも外せないキーマンがいて、出来事には必ず、誰か人間が関わってる。
人間をひもとくと、歴史がそこにはある、という感じ。それが社会科の面白さでもあると思うのです。
どうでもいいが、この米づくり@庄内平野の回、1回で終わらせるつもりが季節風のおさらいもかねて丁寧にやりすぎてしまい半分しか進まなかった(涙)
来週巻き返すぞー。








