イバラキ農村風呂

ゆっくりしてけ~

私の”通知表”

お風呂に入っていて

「通知表ってのは、なんで存在するんだろう?」

とふと思いました。

先生方は、あの通知表をつけるのに、

どのくらいの時間を費やしているんだろうか・・・

学期ごとだもんな~膨大な仕事量だよなあ~しかも責任重いだろうし大変だなあ~。

などと思いつつ、

思考は子どもではなくわが身へ飛びました。

 

他人からしてもらう評価に慣れすぎてきた私は、

子どもが生まれてこのかた、

「いい奥さん、いいお母さん」に近づくための努力を惜しまない全力体制を貫いてきました。

より優しい奥さん、より優しいお母さん・・・

より家族思いで、誰よりも、家族を大切に思う・・・・

家族のためなら、ちょっとくらい自分の気持ちを押し曲げてもそんなの当たり前で、

家族の看病のためなら、寝ないのがいいお母さんで、

子どもがちょっとくらいいたずらしても「うぉら~~~~!!!おのれ~~~!!」と怒鳴らないで、

「やめましょうね」って落ち着いて言えるのがいいお母さんで・・・・・・

ん?

ちょっとまってね、

何と比較して「よりGOOD」なのかしらん???

 

もしかして、それは他人様のモノサシなのではないかなー?

あれ?! 誰かがつけてくれる通知表に、なぜドキドキしちゃうんだろう・・・・???

 

タマゴがぱかっと割れるような音がして、

私の心が

「自分の通知表は自分でつけて、自分が納得できれば、それでいいんじゃないのー?」

と言いました。

「良い、悪いは、問題ないんじゃないのー?」

「誰もほめてくれなくても、自分が毎日ハッピーなら、家族にも幸せふりまけるじゃーん」

 

自分を見つめることに、意外と慣らされていないで35歳まで来た私は、

自分の心の動きを、どこかの尺度に合わせないと気が済まなかったんですねー。

自分のふるまいも、どっかの正解に近づけようとしていたんですねー。

ハタチの頃に、自分探しで苦しんだのと、似たことをやってたんですねー!

 

 

そう思ったら、「いい母ちゃん」は、別にどうでもよくなりました。

いい母ちゃんは、自分が決める。

いや、充分世間様に顔向けできるような母ちゃんであり続けてきたよ。

もう、100点だからその上はありませーん!!

と心が叫びました。

オッケーだっぺよー!

もうひとりの私が「うむ、こりゃ私らしいではないか」と腕組みして”うむうむ”とうなづいているではありませんか(笑)

年女、いよいよ面白いことになってきたナー。

さあ、いい母ちゃんは卒業です。

こっからどうする?

そうだなー

しょーもないけどネタだけはある、

カネはないけど笑顔だけは金メダル、そんな母ちゃんがいいなあ~。