購読している小学生新聞で、「あれから5年」というくくりで東日本大震災に関するたくさんの記事が書かれています。
心に響き、考えさせられる記事が多かったので紹介します。
・当時小学生だった子が中学生になり、
原発の避難区域になったわが家、そして学校、地域を一時帰宅にて初めて訪れた記事。
記事は本人の文章でつづられています。
http://mainichi.jp/articles/20160305/dbg/048/040/010000c
・たくさんの犠牲者が出た小学校で、わずかに数人だけ生き残ったうちの一人となった子の記事。彼は高校生になり、未来にむけての気持ちが語られています。
http://mainichi.jp/articles/20160305/dbg/048/040/016000c
・当時小学生だった女の子が、震災の語り部として活動している様子です。本日が(上)でしたので、明日は(下)の掲載があると思います。
あれから5年:東日本大震災/2 岩手県釜石市/上(その1) まちに津波が押し寄せた - 毎日新聞
あれから5年:東日本大震災/2 岩手県釜石市/上(その2止) やさしさに触れ、古里に感謝 - 毎日新聞
小学生新聞ですので、どの記事も子どもにスポットを当てています。
私はかんがえました。
私はこの5年間、なにをしてきたかな、
どんなふうに暮らしてきたかな、
なにを考えて、日々を生きてきたのかな・・・・
立ち止まり、深く考えるきっかけとなりました。
娘は震災の年に生まれました。
こんどの6月が来れば5歳になります。
子どもはどんどん大きくなり、
震災に直面した当時の子どもたちも、進路選択に向きあったりしているということが記事から伝わってきました。
時間の流れるのは止められません。
子どもたちは、大人の姿を見て、どう思ってきたでしょうか。
今日より明日、
明日より明後日、
今年より来年、
来年より3年後、
・・・5年たったら、きっと
そう思って、暮らしてきたに違いないのに。
終えることのできない宿題をつみあげて、
次の世代、次の世代へと先送りし続ける大人たち。
忘れたころに、原発を動かしてしまえと目論んでいる、スーツを着た大人たち。
復興のための税金を、
たくさんの国民からすいあげて、
どこに消えてしまうのか?
まちは、いつになったら笑顔をとりもどすのか。
ここの国に暮らす人たちの我慢強さと忍耐と、そしてやさしさのうえにあぐらをかいて、
にせもののえらい人たちは、のらりくらり、かわしているにすぎません。
時間がたてば、すべて元通りになるさ、とでも言わんばかりに。
負の問題を解決してもらうために、
私は4人の子どもを育てているわけではない、
と強く思います。